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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)8021号 判決 1979年8月09日

原告 津田光郎

被告 破産者株式会社明幸社破産管財人 小林和夫 外一名

主文

一  原告と被告破産者株式会社明幸社破産管財人小林和夫との間において、原告が破産者株式会社明幸社に対し損害賠償債権金一三〇万円の破産債権を有することを確定する。

二  被告玉木弘史は、原告に対し、金一三〇万円及びこれに対する昭和五二年一〇月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  原告と被告破産者株式会社明幸社破産管財人小林和夫との間において、原告が破産者株式会社明幸社に対し損害賠償債権金三〇〇万円の破産債権を有することを確定する。

2  被告玉木弘史は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五二年一〇月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、童画油絵を主とした児童出版美術家連盟所属の画家である。

訴外株式会社明幸社は、製図、地図の製作、写真植字、写真製版、印刷業一般、図書出版等を業とする株式会社であるが、昭和五二年一月二六日、当庁において破産宣告を受け(当庁昭和五一年(フ)第一七一号破産事件)、被告小林和夫が破産管財人に選任された。

被告玉木弘史は、右破産会社の代表者代表取締役である。

2  原告は、昭和四九年三月から同年四月にかけてヨーロツパの各国を旅行し、製作してきた水彩風景画三点及びスケツチメモ多数を含むスケツチブツク一冊(以下、「本件スケツチブツク」という。)を所有していたが、昭和五〇年一二月、被告玉木から、右水彩風景画を、陶器、民芸品、絵画等の頒布を業とする日本趣味の会のイラストパネル画稿に採用されるよう推薦し、破産会社がその印刷製版を請け負うよう取り計らいたいので、暫くこれを貸してもらいたいと頼まれ、本件スケツチブツクを同被告に預け渡した。

3  被告玉木は、本件スケツチブツクを預り保管中の昭和五〇年一二月から昭和五一年六月ころまでの問に、自己の過失によりこれを紛失し、原告の所有権を喪失させた。

4  よつて、被告玉木は不法行為者として民法七〇九条により、破産会社はその代表者が職務を行うにつき原告に損害を加えた場合に該るから同法四四条により、各自原告に対し損害賠償をする責任がある。

5(一)  本件スケツチブツク中の水彩風景画三点は、(1) パリのノートルダム付近の街並、(2) セーヌ川のナポレオン橋、(3) スペインのトレドの風景を描いたいずれも大きさ四号の完成作品であり、また、スケツチメモは、原告が旅行中随所で得た画家としてのイメージをその場で独自の表現力をもつて素描したものであり、将来これをもとにその情景をよみがえらせ、優れた画作を生み出し得る画家の創造力の源泉ともいうべきものである。

(二)  右の本件水彩風景画は、少なくとも一点につき金二五万円の価値があり、原告は、その紛失によつて金七五万円の財産的損害を被るとともに、甚だしい精神的苦痛を受けており、これを慰藉するには、絵画一点につき少なくとも金二五万円、三点合計金七五万円が必要である。また、本件スケツチメモの紛失により、原告は、その創作活動を著しく阻害される等、回復し難いほど甚大な精神的苦痛を受けており、これを慰藉するには、少なくとも金一五〇万円が必要である。

右のとおり、原告の被つた損害は、少なくとも金三〇〇万円を下らない。

6  原告は、前記破産事件につき、右金三〇〇万円の損害賠償債権の届出をしたが、昭和五二年六月二二日の債権調査期日に被告破産管財人が異議を述べた。

7  よつて、原告は、右債権の確定並びに被告玉木に対し不法行為に基づく損害賠償金三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五二年一〇月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告破産管財人

請求原因5の事実は争う。

2  被告玉木弘史

請求原因1ないし4及び6の事実は認める。同5のうち、損害額は争い、その余の事実は知らない。

第三証拠<省略>

理由

一  被告破産管財人は、請求原因1ないし4の事実を明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべく、右各事実は、原告と被告玉木との間において争いがない。

二1  原告と被告玉木との間においては成立に争いがなく、原告と被告破産管財人との間においては原告本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲第六号証、証人久保雅勇の証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、請求原因五の(一)の事実を認めることができる。

そこで、以下、原告の被つた損害額につき検討する。

2  証人久保雅勇の証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告は昭和三四年職業画家となり、同人組織のくるま、現代童画会及び児童出版美術家連盟に所属し、主として童画を描き、その作品は教科書、絵本等に掲載されており、童画作家及び関連出版業界ではベテランの一人と評価されていること、昭和五三年九月に開催された児童出版美術家連盟主催の展覧会である童美展では、出展者は、大家、ベテラン及び新人の三グループに分けられ、原告の属するベテラングループの四号ないし六号程度の大きさの展示作品については、その売却価格を号当たり最低金五万円と定められたこと及び、昭和五〇年一二月ころの原告の作品の価格は、昭和五三年九月当時のそれの半分と評価できることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、本件水彩風景画の紛失による損害の価額は、少なくとも、一点金一〇万円(号当たり金二万五〇〇〇円)、三点合計金三〇万円と認めるのが相当である。

ところで、原告本人尋問の結果によれば、原告としては本件水彩風景画は絶対手離したくないと考えていたこと、及び、被告玉木が特にイラストパネル画稿に推薦したいとしたのは、三点のうちパリのノートルダム付近の街並を描いたものの一点であつたから、それだけを貸せれば事足りたはずであるが、原告としては、自己のヨーロツパ旅行のスケツチブツクとして一冊にまとめてあるものの中から一枚だけ切り離してしまうことは画家として忍び難いことと思われたので、あえて本件スケツチブツク全体を同被告に預け渡したことが明らかであり、このような本件にあつては、原告は、本件水彩風景画の価額の賠償のみによつては償いきれない精神的損害を被つているものというべきであるが、その損害の額は、絵画一点ごとに算定すべきものではなく、本件スケツチブツクの紛失自体による精神的損害全体の中に含めて算定すべきものと解するのが相当である。

3  さて、前認定のとおり、スケツチメモは、画家の創造力の源泉ともいうべき貴重なものであるところ、前記証拠によれば、本件スケツチブツクには九号以上のスケツチメモが含まれていたこと、原告は、昭和五一年三月ころ、知り合いの旅館経営者からヨーロツパ旅行の作品を題材にして一二〇号の絵を一二〇万円で製作してもらいたいと依頼され、一旦これを引き受けたこと、及び、原告は、右依頼にかかる絵の製作を本件スケツチメモにより行おうとして被告玉木に本件スケツチブツクの返還を求めたところ、その紛失が明るみに出たものであるが、結局、本件スケツチブツクが見つからなかつたため、右の依頼に応じられなかつたことを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、原告は本件スケツチメモの紛失によつて現にその創作活動を著しく阻害されるなどして甚だしい精神的苦痛を味わつたことが明らかであり、さらに、2に述べた本件水彩風景画の紛失による精神的損害を考慮すれば、本件スケツチブツクの紛失により原告の被つた精神的損害の額は、金一〇〇万円と認めるのが相当である。

4  以上のとおり、本件スケツチブツクの紛失により原告に生じた損害の額は、合計金一三〇万円である。

三  被告破産管財人は、請求原因6の事実を明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべく、右事実は、原告と被告玉木との間において争いがない。

四  以上の事実によれば、本訴請求は、原告が破産者株式会社明幸社に対し損害賠償債権金一三〇万円の限度で破産債権を有することの確定を求め、被告玉木に対し不法行為に基づく損害賠償金一三〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五二年一〇月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてそれぞれ理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 久保内卓亜)

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